今ごろになりましたが、昨年スペインサンサルバドルのカザルス記念館で買ってきた陶器のプレートを玄関上に飾りました。
カタルーニャ語で EL CANT DELS OCELLS( 鳥の歌)と書かれてあり、下にその譜面があります。
書き出すと長くなりますが、チェロの巨匠、カザルスはナチスの後押しを受けたスペインのフランコ軍に追われフランスとスペインの国境近くの寒村プラードに亡命しました。そして、古いホテルの玄関脇の小さな家で暮らしました。そして、私財をなげうって亡命者や難民救済の活動を精力的に行いました。その小さな家の玄関の上にはタイルでこの言葉が掲げられていました。昨年訪問して写真も撮ってきました。
国連で演奏した映像が世界的に感動を与え有名になった曲ですが、これは、かつて内戦が始まってからコンサートの最後に弾いていた曲で、祖国(スペインではなくカタルーニャ)に対する愛と全体主義、軍国主義に対する激しい嫌悪と抵抗の意味があります。そして、第二次大戦後、カタルーニャを見捨てフランコ政権を承認した各国に対する抗議を込めて、フランコを認める国では演奏しないといって、プラドに引きこもってしまったのです。だから、「鳥の歌」というのは、祖国への愛と人権を侵すものへの強い抵抗の歌で、そう思ったら軽々しく弾ける曲ではないのです。かつて、チェリストの岩崎恍さんはあるカザルス追悼テレビ番組の中で、弾いて下さいといわれ、それは弾けないと語りました。この曲を弾く時は、自分がそれを弾くに値するかを自分に問わなければならないからです。勿論単に美しい曲として弾くことは可能ですが・・
プラドのカザルス記念館の順路の最後のこの亡命の時期を展示した部屋では、ひときわ目立つように「NO!」と書かれた陳列ケースがあり、全世界の著名人から演奏を再開するように要請する手紙が集められています。カザルスは、その全てに「いや、それはできない」と答えたのです。良心は常に否定の形をとります。
が、山の中の小さな村から出ようとしないカザルスの下に、出てこないならこっちから行ってやるとばかり、やがて世界中の音楽家が集まって音楽祭が開かれます。これが「プラド音楽祭」、世界中に沢山の意味のハッキリしない営利目的の音楽祭がありますが、これこそはかなり純粋な動機による音楽祭といえるでしょう。(と思っていたのですが、演奏家は別として、実態は少し違ったようです)
カザルスについては、私の作ったホームページこちらもごらん下さい。
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