このところ2つのオケの本番が近づいたせいかオケの曲をさらうことが多くなった。大体は良くさらえば弾けるもので、何とかなってきた。チェロアンサンブルも楽しいけど編曲ものが多く、こんな事ばかりだと欲求不満になってくるのか、ついつい昔弾いたことのあるチェロのオリジナル曲を弾きたくなる。(新曲に挑戦する意欲に欠けている(^^;))それで引っ張り出したのが変色してぼろぼろになったベートーベンの「魔笛の主題による7つの変奏曲」。
これは確か、3番のソナタの作曲時期と近く、いくつかある変奏曲の中でも最高傑作だと思う。ベートーベンという人の巾と深さを感じる。ベートーベン七変化。20年も前に1度弾いたことがあるきりで、その当時は発表会でろくに弾けなかったが、今取り出して弾いて見ると、細かい音符が昔より弾ける感じがする。気が付かないうちに上達したかな??昔よりだいぶ筋力は衰えているし瞬発力もなくなっているはずだが・・考えてみるとたぶん左の肘の位置が昔より改善されているのだろう。(思い起こせば肘の位置や腕の角度については常に気をつけて改善するのに20年かかったと言うことだ。えらく覚えが悪いと言えるが改善の成果が出れば遅すぎることはない)それと発音も(弓のせいで)よくなっている気がする。こういう細かくて速い曲は楽器や弓の性能が大きく影響する、とアマチュアは考える(^^;) ともかく楽器の調整を含め、20年前とは環境もすっかり変わった。だから、昔の曲をさらい直すのは新鮮で楽しい。それに肩の力を抜いて楽しんで弾けるようだ。いつまでたっても上手にならない(練習しないのに時と共に熟成するなんて事はないのだが)と投げやりになる気分の時は昔の曲を弾いてみると自分の進歩を見直せるかも。仕事と違って趣味のことは他人との競争ではない、自分一人の満足のためにやっている。だからやっていて良かったと思えるように自分でしなければいけない。
だから、やっぱり練習するのも良いけれど、正しい方法というか良い姿勢とか良い構えとか、楽譜の音符ばかり見ていないで、そういうことに注力しないと、ただ闇雲にさらっても聴いていて苦しい演奏にしかならないだろう。
だから、やっぱり練習するのも良いけれど、正しい方法というか良い姿勢とか良い構えとか、楽譜の音符ばかり見ていないで、そういうことに注力しないと、ただ闇雲にさらっても聴いていて苦しい演奏にしかならないだろう。
「学びて時にこれを習う、またよろこばしからずや」
論語の冒頭の言葉だが、何と味わいのある言葉だろう。昔はこの言葉の意味が分からず、ただ、反復練習しなくちゃいけないとか忘れないように時々復習する、とか解釈していて、ちっとも何が「よろこばしい」のか分からなかった。読書も同じように、長い時間の経過で、言葉の意味が、見るところが変わってくる。もう昔のように何度も同じ本を読み返すと言うことがなくなったが、久しぶりに読み返してみようかな。ちなみに私の昔の愛読書は、小中学生の頃は「坊ちゃん」大学時代はヘルマンヘッセの「シッダルタ(手塚富雄訳)」。何度となく読み返し、大事にしていたのでぼろぼろではないが、ページの縁は綿のようにふさふさになっている(^_^)
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