もう1年以上バッハの無伴奏チェロ組曲第3番のプレリュードを練習している。普通は,1ヶ月もやればとりあえず弾けるようになって次に移るものだろうと思うが,歳をとるとなかなか1曲が仕上がらない。楽譜は,カザルス版とトルトゥリエ版(第2版)を交互に練習して,結局トルトゥリエ版が最初は弾きにくくて仕方なかったが、色々試してみると,こちらの方が流れるように滑らかで大きな音楽になって弾きやすいと感じるようになってきた。
チェロの名曲はたくさんあるが,一生の間に自分が弾ける曲などたかが知れている。この3番の組曲は、それでもなんとか弾けるだろうし,弾けるならいい加減でなくきちんと納得がいくように弾きたい、とアマチュアながら思う。人に聴かせようと言うのではなく、自分でこの曲がどんなに素晴らしいかを知り尽くしたい(それほど大げさでもないが)と思う。きっと,5年経っても同じことを言っているだろう。そのうち体力的にも弾けなくなる時が来るだろうが、それまでずっと弾いていたい曲である。
楽器を弾く人にはいろいろなタイプがあって,曲のイメージがすぐに浮かんで,そのイメージに従って弾くタイプ,そういうイメージ作りとは関係なく音楽のできる人・・トルトゥリエは前者の代表みたいな人だったらしい。マスタークラスの映画を見ても,豊かなイメージで音楽作りをしているのがわかるし,自作の曲の説明をする時も、「恋人が公園のベンチに座っているところに,警官がやってくる,その警官はチャップリンみたいに歩く・・・」などとチャップリンの物まねなどしながら解説していた。
組曲第3番のプレリュードは、夜明けの情景である。暗い闇の中から,空が白み始め,七色のひだに雲が染まり、深い一瞬の静寂の後、静かに太陽が昇ってくる。(ちなみに、この静寂を表現している演奏はカザルスをおいて他にない。)やがて光があふれ,その暖かさが地上をあまねく包み込む・・・富士山に登ってご来光をあおいだとき頭の中でこのプレリュードが鳴っていた。壮大な大自然のドラマである。そんなものは私なんかがチェロで弾けるはずがないが,自分の能力にあわせて矮小化しないようにひたすら,小さくならないようにと注意するのみ。
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