パリ管の佐藤光さんから沢山の写真付きのメールが来ました。プラードを再び訪ねたとのことで、カザルスが亡命していた家も取り壊されるらしいようですが、博物館になるかも・・とのこと。
「プラードの近くの町、モーリッチには鳥の歌を鳴らす鐘がありました。」
カザルスの演奏するドボルザークのチェロ協奏曲が、私がチェロを始めるきっかけでした。その出だしの音、それが全て。禅の修行で痛棒を食らわされたように、雷に打たれたかのように、一瞬のうちに1つのことを全身感覚で知らされた・・という感じです。後にも先にもそのような体験はありません。それは一言で言えば「真実はある」と言うこと。
もう20を過ぎていましたが、チェロを歳をとってから弾けるかどうかなどとは全く考えず、直ちにチェロを弾きたいと強く思ったのでした。弾けても弾けなくてもやる!
それをある人に相談したら、その歳で始めるなら良い先生につかなくてはいけない、と、カザルスの日本人最初の弟子、佐藤良雄先生(光さんのお父さん)を紹介され、何も持たずにご自宅を訪ねました。最初に「何故チェロをやりたいのか」と聞かれ、カザルスの話をしたところ、「やるなら一生やりなさい、そうでなければやめなさい」と言われました。そして、息子の光さんに週1回、月1回は私の所に来なさい、と言ってくださったのです。それから当時芸大の1年生だった光さんがパリに国費留学生として渡るまで猛烈に練習しました。
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