録音すると否応なく分かるけど,自分の演奏は聴くのが辛いからなかなかやらない。でも、録音して分かることは,リズムや音程の小さなズレもさることながら、もしそれが正しかったとしても音楽になっていない,歌えていない,ということ。
でも弾いている本人は結構気持ちよく,「心を込めて」弾いているつもりなのだ。でも、よほど好意的に聴いてくれるお仲間聴衆以外には、?的な演奏になっているだろう。自虐的になりすぎてはいけないが,事実は事実で、何がどうまずくてどういう事に気を付けるべきなのか。アマチュアなんだからその人らしく楽しめば良いとは言っても、楽しみのレベルが低いのはいただけない。
しっかりと楽器の音を鳴らすのが第一。弓の返しは分からないくらい機敏に、移弦もそれと分からないくらい僅かな動きで,音は不安定に大きくなったり小さくなったりしないで、大きなフレーズで方向性を持って・・ということの他に,大事だなと思うのはリズム。
ゆっくりした曲だと段々遅くなっていく,だからといって、メトロノームと首っ引きで演奏しても血の通わない音楽になる。メトロノームは基礎練習の時にはそのように機械的に均一にテンポを取ることに使うか,又は、1フレーズ単位で長いテンポを確認する(それが可能なメトロノームは見たことがないが、ゲーリーカーは持っているらしい)音楽的な使い方かどちらかが有益と思う。普通の演奏中にメトロノームで音楽するのはおかしいと思う。ゆっくりしたテンポの時に停滞しないで前に前に進むように演奏するには,(仕上げの段階では)4拍子であっても、4分音符を均等配置にはしない。完全に物理的に均等に音を刻めば,人間の感覚では段々遅くなってくるし眠くなってくるのが普通(^_^)。読経の時に木魚をポンポンと叩き続けるが,そうすることで人間の感覚は麻痺して段々宗教的恍惚の状態に入っていく。しかし、音楽は人の心を生かすものだ。活き活きと前に進むようなリズム感、これを意識しないと退屈な音楽になってしまう。だから自然で安定して聞こえるような演奏とはメトロノームのように刻むのではなく,その中に生きたリズムが必要。小節の中だけではなく大きなフレーズにおいても同じ。リズムは揺らめきながら大きなフレーズ単位では正確に刻む,それがスケールの大きな安心して身も任せられる安定した演奏になるのだろう。揺らぎの感覚はほんの僅かのモノで楽譜に書くことはできない。江戸時代の指物師は,長箪笥の天の部分を真っ平らではなく,ヘリの部分をほんの僅か、紙1枚程度反るように仕上げた。横に長い線は、全くの並行に作ると、そのままでは平らには見えず両端が下がって見えるためだ。それくらいの僅かの感覚の問題。
練習の時にそういうことに気を付けながらやっていても、ほんの僅かのことだから、本番で上がってしまうと全てパー。(^^;)
最も簡単にできること,注意することは、4拍目を短く演奏しないこと。殆どの初級者は,4拍目が途中で切れてしまう。次の1拍目を弾く事に注意が行ってしまうためだろう。聞いている方は,段々息が上がって苦しくなる。それを避けるためには、むしろ、テンポは維持しつつ、4拍目は前倒しにしてたっぷりめに弾く事でエレガントな演奏になる。呼吸のリズムに気をつけて見ればこのことはすぐに分かる。深い呼吸をしているとき、1,2拍で吐いて3,4拍で吸うなんて呼吸はしない。多分、吐く方がゆっくりずっと長く、短く沢山吸っている。演奏もこれに近い方が良いのではないだろうか。最後の拍では沢山吸うこと,その用意ができて1拍目を落ち着いて吐くことができる。これを注意するだけで,随分と安心して聴けるものだ。(当然ながら,こういう事は曲想、テンポなどにより異なるので画一的には言えない)
この他、どうしたら、安心してテンポ感良く、眠くならず活き活きとした(つもりではなく実際にそのように聴こえる)演奏になるのか、3連符の弾き方なんかでもただ2拍に3つ弾く等と機械的に考えてはいけない。何より大切なのは3連符で求めている流れやリズム感を感じること・・・本当に音楽的な演奏をするには色々冷静な分析も必要。
そのつもりで弾く事と,聴いている人が感じられることに差があってはいけない。音楽がその場で生きて鳴っていて演奏者は消えてしまうことが肝心。我々だといかにも頑張ってチェロを弾いていて,時々カンフル剤を打ったみたいに生き返るがすぐけいれんして死んでしまうような凸凹な演奏・・情けない(^^;) 。楽譜として残り,今その音楽を再生させようとしながら再び殺してはいけない。
トルトゥリエは、音楽で一番大切なものは何かとの問いに,「リズム」と答えている。音程もハーモニーも大切だが,先ず音楽が生きているということが基本だと言うことだろうか。
30年以上も前の大昔、カザルスの弟子であった佐藤良雄先生にタルティーニの協奏曲を習っていたとき,出だしの4小節を何度も弾き直された。カザルスはこう弾いた,というレッスンなのだが,活き活きとしたリズムを要求された。懐かしく思い出す。
「音に命あり,姿なく生きて」(鈴木慎一)
「全ての音符に命がある」(カザルス)
四拍目、というか、最終拍、そうですね。
自分の場合は、弓が十分に動ききれていません。
凸凹を是正するには、基本が大事なのでしょうね。
音程、リズム、旋律、イメージ。
プロの方は基本レベルが深い方が多いと思います。
音程とリズムってつながっているなあって最近思います。
正しい音程でよく響いていないとリズムの躍動感も出て来ませんし、
よく響くためにはボウイングも左手の音程も大事ですし。
全部出来ないと一つ出来たことになりませんし、
一つ出来たら全部出来ることにつながりますし、
「負のスパイラル」に落ち込まず、「正(?)のスパイラル」にはめ込みたいです。
投稿情報: えにお | 2012-04-09 07:30
えにおさん こんにちは
そうですね,全部揃ってないとうまく行きませんね。だから、それを気を付けて簡単な練習曲をやるのが一番。それを習慣にしていつでも気を付けるようにしたいです。
「求めよ、さらば与えられん」だと思います。先ずは、ただ「うまくなりたい」ではなく具体的に何を求めるべきかを知る事が必要(^_^) そのことに気がつけば良いのですが・・・。多くの人は目の前の楽譜を先ず音にするということにのみ追われているように見えます。
投稿情報: goshu | 2012-04-09 09:43