現在の日本の政治は知る限り最低だ。これほどまでに民意を裏切って、官僚が力を持ちマスコミから政治から全てを露骨に統治したことはないだろう。大震災直前からはっきりと分かったことだ。これほどまでに自らの利権にのみ目が向き、健全な常識も良識も理性も失うとは理解しがたい。
ただ世界全体で私の学生時代と深刻さが違うのは、核の問題だ。昔は米ソ冷戦の核戦争の脅威があり、フェイルセーフという考えも浸透した。が、今の日本にフェイルセーフという考えはない(実際に福一で事故があり、メルトダウンをおこし現在も大量の放射能を垂れ流し発散し続けているのに、何も問題は解決していないのにだ)。もし、事故が起きたら、事故がなくても4号炉プールが傾けば・・・関東だけでなく世界の半分の終わり。核戦争は、誰かが核のボタンを押さなければ、平和も清浄も何とか保たれる。ソ連の首相もアメリカ大統領も、そのボタンに人類の生存がかかることを知ってはいた。しかし、原子炉事故は既に起き、解決せず、反省もせず、誰1人として責任を取ろうとするものは居ない。今後私の生きている限り解決の見込みもない。こんな世の中に生きていたくない、早く死にたい、早く歳をとってしまいたいなどと学生時代に思っていたこともあったが、そんな心配はいらない年代になった。だから、私はどうでも良いが、これからの世代の人達は核の脅威ではなく実際の汚染と、さらに続くより現実的な自然の脅威と、無責任な人間達の脅威にさらされなくてはいけない。その責任はどこかのブタが何人束になっても取りきれるものではない。経済と安全・生存とを天秤にかけるなど馬鹿げている。
問われているのは、人間の「良心」だ。昔のミルグラムという心理学者が行った歴史的実験、人間の良心を問う実験は、多くの問題を指摘している。しかり、良心と言っても、その力は小さい。殆どつぶやきでしかない。やがてもっとそれらしい権威や、都合の良い正義、権威、規範が取って代わろうとする。でも、「いや・・」というつぶやきがかき消されないようにしたい。それしか言えない。
日本を間接的に支配している某大学のOB諸氏、シロアリ一族は、できれば、自らの胸に手を当てて、自分たちの利権保持や拡大だけでなく、自分の孫や将来その家族になる人達、この狭い日本に住む人達の安全としあわせを考えて欲しい・・。
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