今度「白鳥」を本番で弾くつもりになっているので,毎日さらっている。昔よりましになったと思っているが,多くの人は白鳥は難しいという。誰もが知っている名曲だから弾きにくいとかいうことと、シンプルすぎるためだろうか。
今、これまでよりよく弾けるようになったと思うのは、最高音のDやCで多少はきれいな音が出せるようになったこと,ビブラートもスムーズになったこと,ノイズが少なくなったこと,などの点だ。それほどぱっと見技術的には難しいことはないが、なかなかはまらない,と言うのが実感で、それが年々それらしく弾けるようになってきていると思う。(さすがに少しは進歩しているらしい)
素人ながら考えると、音の安定に関しては、右手の小指への意識が大きい気がする。特に弓元で何となく持っているのではなく、小指に意識を持って弓をコントロールするようになった。(勿論、このことは絶対ではなくいろんな流儀があるようだ)ナヴァラのボーイングの基礎レッスンの様子を見ていてもそれが大事だと言うことが分かる。弱音でのスムーズな弓の返しに大きく貢献する。これができないと白鳥はぶちこわしになる(^_^)
それから、上行していって到達点のシやレの音が脱力してビブラートがかけられると柔らかい音が出せるようになって、この2つのこと(ボーイングの安定とハイポジションのビブラート)で、白鳥は弾くのが楽しくなる。どうして、それが進歩したかというと、左手の脱力は右手の問題とも関係していて、長年の悪い癖だった右肘が上がりすぎているのを、少しづつ修正して肘を下げて弾くように努力してそれが少しできるようになってきたら、力が抜けて、それが左手も自由にしていると思う。脱力が少しうまくいくと何がおきるかというと、右も左も余裕が持てるようになる。
右の指(手首ではない)をなるべく柔らかく弓に追随するように心がけると、白鳥の八分音符の一音づつの弓の返しの時も無用なアクセントをつけずに滑らかに弾ける。弓に指がいつもついていてコントロールするともなくコントロールする状態が必要。ノーコントロールで弾いている事が実は多いと思う。勢いだけで弾いている方が楽だし、でも、白鳥はつかず離れずのようなコントロールが必要。脱力と柔軟性とバネのような弾力性、
どんな曲でも、長い期間、時々弾き続けるようにするのはとても勉強になり張り合いにもなる。白鳥、夢のあとに、など何度弾いても飽きることがない。他の人はどうだか知らないが、同じ本、同じ曲ばかりずっと読んだり弾いたり、聴いているというのは昔からだ。で、一番沢山弾いたのは練習のためを除けば(つまり楽しみのため)、多分、フォーレの「夢のあとに」だろうか。白鳥と違って、こちらは様々な心のひだというか、様々な音色、ビブラートを研究して、ニュアンスに満ちた演奏をするのが楽しみ。そううまくはできないから、何度弾いても飽きない。
小品というのは、ソナタなどに比べて、短いし、シンプルで、弾く困難さは少ないようだが、実際には、小品を聴かせるのは名人の技が必要。中でも白鳥は、音も少なく、飾りもなくシンプルで静かに淡々と弾く曲だから、確かに難しいと言えば難しい。構成のしっかりしたベートーベンのソナタの方が下手でもそれなりに聴けるが、アヒルは白鳥にはならない(^^;)
チェロをはじめて40年(途中長いブランクがあったけれど)、やっと、白鳥を何とか弾けるようになってきた気がする。昔は、妙にアクセントをつけたり、一種のコブシを回したり(^^;)、何か工夫?をしていたし、何かしないと間が持たないような演奏だったと思う。白鳥は弾けるにしても本当に余裕を持って楽しんでは弾けていなかった。それが、何とか「何もしないで」楽しめるようになってきた。どうせたいしたことはないのだが、小さな変化でも自分では分かる。催眠術の基本は、自分で、最初の錯覚みたいなものを、事実として繰り返し確認することからだんだんエスカレートさせるのが効果的。だから、小さな錯覚かもしれない事を、そうだそうだできてるできてると、思うと本当にできるようになってくる・・・かも。(^_^)
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