こっちの石舞台は遠足の小学生が石舞台の上で弁当食べてる。雪は二月堂のがあってこれは美しい。この写真集は作品というより、戦後すぐアメリカ軍に全て接収されるかも知らないという危機感から急いで撮影されたもの。将来に残すべき記憶として作られた。かくありたい。
私のような素人の写真は、「作品」というより個人的な記録でしかない。だが、なるべく単なる記録ではなく、個人的な記憶を留めるものにしたい。認知症の恐ろしいところは記憶が失われることだ。今の意識はそれまでの記憶の積み重ねで成り立っている。記憶と意識は同義語だ。だから、記憶は時々再生され豊かなものにしておきたい。昔の絵葉書をみると、たとえば、大仏の写真はたくさんあるが、それだけなら鮮明でないだけで今と変わらない。一方、周りに人物が写っている単なる記念写真でも、その人物の服装、顔立ちなど、その時代の様子がわかるものがある。大仏写真には意味がないけど、周りの余計なものがあると俄然価値がある。そういうこと。
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