木製の小屋、夫婦で組み立て、完成。立てかけてあるアルマイト製の金だらいは、小学校の頃、当時はまだ洗濯機なるものは出回っておらず、これに洗濯板を入れて洗濯していたものだ。夏は、これに水を張って、プールだプールだ!と、私たちは行水していた。
今見ると随分小さいが、昔はこれで結構遊べた。懐かしいものだ。物持ちが良いというか、その頃の縁側の踏み石とか、皆保存してある。
前にも紹介したが、60年ほど前の建具や、庭石、灯籠、勉強机や本棚、みな大事にとってあって、現在我が家で再利用されている。懐古趣味といわれるかもしれないが、新しいものが良いとはいえない。せいじかやけいえいしゃの皆さんはどういうつもりか知らないが、経済原則だけで、文化(人や暮らし)を顧みない、それでいて愛国心がどうしたとか、歴史教育とか、何とか教育とか、・・いい加減にしたらどうだろう。歴史(ばかりではないが)とは、過去に対する、「かけがえのないもの」への愛着心なくして語るべきではないと思う。人の暮らしは、そういうものを外してしまったら、およそ無機的でつまらない、意味のないものになる。
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